◆品川お台場史1◆

品川台場の築造工事は1853年8月21日に着工、当初の工事対象は第1〜第3台場。

第4〜第7台場と御殿山下台場の築造は1854年1月に開始された。

しかし、第1〜第3台場の工事が終了した後、財政難を理由に台場築造計画の見直しが検討され

(なんと建設資金は現在の金で1日1億円を注ぎ込み、石工ら5000人、土砂運搬船2000隻が投入された)

結局、当初の11の台場建設計画から6つの台場建設で計画終了。

品川台場の設計は伊豆国韮山代官/江川英龍。(主にオランダの兵学者:エンゲルツの築城書を参考に)

各お台場の位置的関係は重要な要素として、海底の澪筋(航路)を挟んでほぼ等間隔に並んでいる。

しかも下の写真を見ると分かるように台場同士はジグザグに並んで、その陣形から3つの機能を持つと言う

第一に正面からの”迎え撃ち”第2に敵が接近した時の”横撃ち”

第三に敵が防衛線を突破して背後にまわられた時の”追い撃ち”の3つの要塞機能。


▲終戦直後の昭和20年秋、品川台場郡をGHQが空撮(左から第1、第5、第2、第6、第3の各台場)



▲第1台場遠景(大正末〜昭和初期頃)



▲第2台場遠景(大正末〜昭和初期頃)



▲第3台場遠景(大正末〜昭和初期頃)



▲第4台場遠景(大正末〜昭和初期頃)台場内の建物は緒明造船所



▲第5台場遠景(大正末〜昭和初期頃)写真左端に見えるのが第1台場



▲第6台場遠景(大正末〜昭和初期頃)



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